藤工芸 小峰 正孝

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iroiro.jpg 「籐」は英名ラタンという熱帯・亜熱帯に分布する、椰子科に属す、つる性植物の総称で我が国には自生しません。しかし伝来は古く遣唐使によってもたらされて以来、日本の風土に自然に慣れ親しまれてきました。

一見して竹と思われる方が多いが、その性質は軽さ・強靱さ・しなやかさ・通気性に優れ、その種は300以上に及ぶが細工に向く良質材は主にインドネシア産の数種類に限ります。

この優れた天然素材の特性は小さなカゴ類から椅子、枕、ベッド、インテリヤ家具など多方面に活用され愛用されております。


小峰 正孝 / 作品

籐工芸 / 工程

名 前:小峰 正孝
工芸品:籐工芸
住 所:墨田区押上2-10-15
略 歴:昭和36年 東京墨田区生まれ

昭和56年 父 小峰 尚に師事
昭和63年 東京籐工芸名品展にて理事長賞受賞
平成 4年 東京都知事賞章
平成13年 全国籐工業団体連合会 籐工芸技能士章
平成20年 すみだマイスター認定
同 年  工房ショップ おみねらたん オープン
平成22年 東京都伝統工芸士認定

仕事のこだわり:「籐」というすぐれた天然素材の良さを活かし、生活に役立ち、人から喜ばれるものづくりを心がけます。

 

■ 少年時代

幼少時期は、とにかく落ち着きのないやんちゃ坊主だったようです。小学生時代は、学校で好きなものは『給食・体育・図工』という活発な子どもで、特に野球に夢中で長嶋茂雄選手に魅了されていました。中学・高校時代は、バスケットボール部に所属していました。怪我の多い選手でしたが、この時代特有の頑張り続ける根性を身に着けました。

■ 職人になるきっかけ

高校時代、バスケットボール部引退後、将来の進路を考える頃に、稼業は身近にありましたが、父親の取り組む職人の姿に憧れの様なものを感じていました。同時にものづくり、物の形やデザインに興味を抱きながらの浪人生活…昭和56年成人式を迎え、周囲の心配(特に母親)をよそに迷ってばかりでは先に進めないと考え、この世界に飛び込みました。
今、思えばそこにこの仕事があったから幸せ者でした。

■ 職人になってから現在

伝統工芸とはいえ、この仕事の需要は時代の流れに敏感で、それまで当たり前であった物がまったく売れなくなる、実際私が飛び込んだこの頃は伝統工芸品としての仕事は斜陽産業で、専門問屋がいなくなる一方、海外輸入(大量生産、当時は台湾製品)が、一大流行を生んでいました。

そんな中で全国的に手芸ブームになり、師匠である父も仕事のかたわら手芸教室を開きました。駆け出しであった私には、生徒さんと一緒に学べる良い機会でしたが、なかなか手さばきが遅い私に対して、父は昔の腕の良い職人や同僚の事を挙げて「あの人は筋金入りだ!」と言いました。この様な時代とはいえ、私の様な仕事の覚え方や進み方はとても歯がゆく思えたのでしょう。今でもその筋金は、なかなか目に見えないものであります。

■ 職人哲学

『仕事は出来て当たり前、間違えたらやり直せばいい。すべては、自分の手間と責任だ』なんともドライな言葉だが職人仕事とはそういうものだと分かりやすい。

■ 私の目標・夢

伝統工芸品として今に伝わる籐製品の多くは、飾り立てすぎず、強度や使い勝手を考えた物が愛用されています。私は、人に喜ばれ愛される物を一つでも多く作り続けてゆきたいと思います。

工房ショップ おみねらたん 商売繁盛!

■ 連絡先

toukougei.jpg氏 名:小峰 正孝
住 所:墨田区押上2-10-15(工房ショップ)
電 話:03-3623-0433
URL:http://www.ratan.jp