伝統の技だけでなく長い職人人生を通して学んだ職人哲学も伝えたいと思っています。
ここでは子供の頃やどうして職人になったか、修行時代から現在に至るまで、夢や目標
を語っています。
西山 鴻月(押絵羽子板)
:「オイお前は職人だろ、自分で考えな」
大野 晃誉(堂宮彫刻)
:私は車の運転手になるという希望を持って上京
宮内 梅治(足袋仕立て)
:養子として入る。来てみたら足袋屋だった。
金子 利七(能面)
:テレビでちょうど能面を教える場面が出ていて
前川 八十治(表具師)
:経師屋は泥棒の次に良い仕事だ。
前川 治(表具師)
:「3代目を生んでくれて、ありがとう」
磯貝 庫太(べっ甲芸)
:べっ甲の代わりにかつお節を削って練習
長掘 榮次(尺八)
:戦死と報告されていると言われてビックリ
西山 和宏(押絵羽子板)
:私の修業は三ヶ月間で終りを告げた。
石井 芳和(足袋仕立て)
:自分にとって足袋屋は生活そのもの
鈴木 和子(江戸千代紙人形)
:ものを作り出す職人は大変な芸術家
磯貝 鉄夫(鳶装束)
:学校卒業後スキーで飯を食おうと考えたけど
塩澤 幹(錺彫刻金具)
:約束の人が迎えにきてくれなかったのは本当に幸運でした。
塩澤 政子(錺彫刻金具)
:自分を一番必要としている会社で働きなさい
山ア 民生(象牙象嵌)
:自然の流れでした。
籠山 刺孝(江戸刺繍)
:将来は絵描きになりたかった。
藤沢 謙二(藍染め形付け)
:兄の戦死により家業を継ぐ。
遠藤 隆夫(三味線)
:世界に通用する日本の伝統楽器を作り続けて
増田 敏郎(手描き提灯)
:大人になったら絶対に家の仕事はしないと思っていた。
藤村 明光(市松抱き人形)
:人形作りの学校に転校したようなものだね。
小峰 尚(籐工芸)
:この仕事は定年がないんです。
塚田 詠春(江戸木目込人形)
:5年の修行では一人前の人形師とは言えず
磯貝 一(べっ甲芸)
:当時から物作りは得意
五月女 利光(江戸小紋)
:父親は、決して後を継げとは言わなかった
安宅 信太郎(建築漆工)
:「負けてたまるか」
中條 隆一(江戸小紋)
:「かたつむり そろそろ登る不二の山」
藤村 紫雲(市松人形)
:「今、好きで選んだ仕事を楽しんでいます。」
三浦 孝之(錺かんざし)
:経験してきた事は何ひとつ無駄にはなっていない
福田 利明(手描友禅)
:子どもの頃から好きな仕事
松本 一広(木彫刻)
:ガンコ職人には成れませんでした。
小宮 太郎(有職畳)
:給料だって、お小遣いの延長のようなもの
ページ先頭へ