歴史・特徴など
表具は仏教伝来と共に経典の表装技術として伝わったと考えられています。以後、床の間の発生や茶道の興隆により需要が増え、江戸時代には上流社会の必需品となっていきました。

その技術は、軸装を主とし、天井・壁・画帖・屏風・襖などの装丁や修復など幅広い技能を要求されます。そしてすべてが依頼主の注文に応じて一点ずつ製作され、伝統的な色目使いを重んじた格調高い取り合わせを基調としています。

表具をする職人さんを表具師といいますが、経師といわれる場合もあります。今日では、表具師と経師は同じ仕事をさしますが、かっては別々の職業でした。経師というのは「三蔵の中の経蔵に通暁した人・経巻の書写を業とした人・経巻の表具をする人・書画の幅または屏風・襖などを表具する職人」という意味があり、仏教のお経を扱う人々の事をいっていました。 表具は平成元年に東京都から「江戸表具」として「伝統工芸品」に指定されました。
前川 八十治 / 作品
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名 前:前川 八十冶
工芸品:江戸表具
住 所:墨田区千歳3-5-11
略 歴:昭和7年生まれ


昭和23年 
笠川表具店に見習いとして入店

昭和28年 
実家に戻り父弥太郎のもとにて修業

昭和29年 
技能養成所表具科に入学

昭和31年 
卒業

昭和35年 
父、他界に伴い、前川表具店を継承

昭和38年 ~現在 
24名の弟子を養成

昭和40年 
職業訓練指導員免許取得

昭和43年 
職業訓練法による表具工1級技能検定に合格

昭和49年 ~現在 
東京都美術館にて開催の表装作品展に連続出展

昭和62年 
第30回表装作品展において「東京表具経師内装文化協会会長賞」受賞

 同 年  
第5回全国表装作品展出展

平成 4年 
東京都伝統工芸士(江戸表具)に認定

平成 6年 
第37回表装作品展において、「毎日新聞社賞」受賞

平成 7年 ~
「すみだ匠の会」参加

平成 7年 
「墨田区伝統的手工芸技術保持者」の表彰を受ける

平成 8年 ~
「職人の美」参加

平成11年 
「墨田区登録無形文化財(表具技能)」に認定

平成12年 
すみだ郷土文化資料館にて、個展「前川八十治の世界」開催

 同 年  
「東京都文化功労賞」表彰

平成15年 
東京都伝統工芸品産業功労者都知事感謝状

平成16年 
東京都職業能力開発協会会長賞受賞

平成18年 
第49回表装作品展にて東京都知事賞を受賞



☆仕事のこだわり:先人達も様式、形式に縛られながらもその中から自分なりの手法・技法を生み出そうと創意を持ち、人それぞれ苦労に苦労を重ねて今日の仕事を世に残してきたわけですが、自分もご縁があり手がけた仕事については「これは前川の手が入っている仕事だな。やっぱりがどこか違う。」と思っていただけるような部分を残していきたいと思っています。


伝えたいこと
■ 少年時代
今振り返ってみると7、8才の頃、お正月に戴くお年玉で皆でボール紙で出来た組み立て式の模型を買っては夢中になって組み立てているうちに、三が日に母親が着せてくれた着物を糊だらけの指で台無しにしてしまう子供でした。その時、母親には「また今年も仕立て直しをしないと・・・」とよく小言を言われましたが、父は「着物を汚すのは少し位は大目に見てやれ。この子も経師屋のせがれなんだ。いずれは糊だらけになるんだから。」と言って、一緒になって叱るということはしませんでした。

今考えると小さいうちから糊に慣れ親しんでおけばという親心があったんだろうと思いますし、親父の血でしょうか、自分も糊だらけになろうが全然平気な子供でした。
■ 職人になるきっかけ
戦後の6・3・3制の学校制度に初めてなった慌ただしい時代に、同業の息子さん達は「これからは経師屋ではご飯を食べていけない」と勤め人になったり、商売替えをしたりする人が相次いでいました。そんな時期親父が「糊と刷毛があれば仕事が出来る経師屋だからこそ、今に食べて行かれるようになる」と同業の親方達と話をしているのをいつもそばで聞いていました。
ある日親父が「人様には話せないけどお前には話しておくよ」と言いながら話してくれた事は、「経師屋は泥棒の次に良い仕事だ。泥棒は元手要らずだが捕まったら最後後ろ手に縛られる。その点経師屋はまじめになって修行すれば、糊と刷毛の元手が要るものの何とか一生食べていけるんだぞ。」という話しで、続けざまに「騙されたと思って親方のところに勉強に行って来るか?」と聞いてきました。 そんなこんなで親父に乗せられ、その気になり親方のところに修行に行ったのが職人になったきっかけです。  写真:旅行先で

親父にうまくしてやられたみたいなもんですが、当時の生意気盛りの自分に道筋を作ってくれたことに対して、今では心底ありがたく思っています。
■ 職人になってから現在
親父は外で修業してこいといった考えだったもので親方の家に勉強に行ったわけですが、「経師屋の息子が経師屋へ修行に来ても数年すれば自分の家へ帰ってしまうんだから」と兄弟子始め皆から違う目で見られていましたので、正直戸惑いと反発を感じたものです。
ただ、親方からは「経師屋はお座敷職人なんだから、あんたは礼儀作法を覚えれば仕事は家に帰って親父さんに習いなさい。」と言われ、それを親方の下で修行している間の心掛けとしていました。 親方始め、親父の言ったことの一つ一つが今この年になってやっと解かってきた次第であり、ありがたい教えだったと身にしみています。  写真:仕事風景

立場が変わった現在、親方や親父から受け継いだ教えの根本を三代目の息子に伝えているつもりです。
■ 職人哲学
哲学などと言うと堅苦しくなりますので、お客様からのお仕事をいただいた時の心構えについて一言お話させていただきます。

お客様が自分のところに足を運んで下さるのは何れ様もご縁があってのことですので、お客様とご注文の打ち合わせになり見積りをしている時は色々と計算も入るわけですが、それが終わりいざ仕事に入った段階でそろばん勘定的なことは一切捨てて、お値段に関わらず満足の頂ける良い作品を一品一品作ろうと心掛けています。

「お客様とのご縁を大事に大切に」それが自分の職人哲学と言えるかと思います。
■ 私の目標・夢
目標ということで言えば、そもそも東京一、日本一の経師屋に成ろうなどとは思っていません。(また、成れません)

日本の国は春夏秋冬の四季のある本当にありがたい国で、経師屋にとってもその時々の季節感を表現する仕事ができるわけです。この四季の移り変わりがあるからこそ、経師屋にも技術と同時に感性とセンスが問われるわけです。
そんな中で「この仕事は前川に持っていけば間違いのない形に仕上げてくれる」、「この仕事は前川に相談すれば誰に見せても恥ずかしい作品になることはない」と信頼される経師屋でありたいと思いますし、また一方で自分ならではの独自性を失わないように心掛け、一層の精進を続けたいと思っています。  写真:舞を披露
■ 連絡先
氏 名:前川 八十治
住 所:墨田区千歳3-5-11(店舗)
電 話:03-3631-0508
FAX:03-3631-0738